広報・出版部 – 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区 宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年 慶讃法要ホームページ https://test.icho.gr.jp/ 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区 宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年 慶讃法要 Thu, 09 Jan 2025 08:16:21 +0000 ja hourly 1 https://test.icho.gr.jp/wp-content/uploads/2024/07/kyousan2025logo512-150x150.png 広報・出版部 – 真宗大谷派(東本願寺)大阪教区 宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年 慶讃法要ホームページ https://test.icho.gr.jp/ 32 32 慶讃法要パンフレット https://test.icho.gr.jp/735/ https://test.icho.gr.jp/735/#respond Thu, 09 Jan 2025 08:11:06 +0000 https://www.icho.gr.jp/?p=30356 年も改まり、いよいよ慶讃yearが始まりました!

慶讃法要委員会および教区教化委員会広報・出版部では、4月の慶讃法要に向けて、ポスターならびにパンフレットを制作、教区内寺院に配布いたしました。教区内寺院におかれましては、広報へのご協力よろしくお願いいたします。また、ポスター・パンフレットは残部がございます。必要なかたは大阪教務所までご連絡ください。

パンフレット

ポスター

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教区慶讃法要告知チラシ https://test.icho.gr.jp/552/ https://test.icho.gr.jp/552/#respond Sun, 27 Oct 2024 15:09:01 +0000 https://www.icho.gr.jp/?p=30047 大阪教区宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要に向けた告知チラシができあがり、今回の難波別院報恩講から配布を開始しています。

教区内各寺院・教会へは、月末の全寺院発送にてお配りする予定です。

希望部数を教務所に連絡いただければ、送付させていただきますので、よろしくお願いいたします。

PDFダウンロード

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2024年度教区ポスターを配布中! https://test.icho.gr.jp/350/ https://test.icho.gr.jp/350/#respond Wed, 21 Aug 2024 02:49:12 +0000 https://www.icho.gr.jp/?p=29624 教区教化委員会・広報出版部では、今年度の教区ポスターを制作、所長巡回で順次、各寺院に配布いたしております。

今回は、来年の4月17日~20日に大阪教区宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要が難波別院で勤修されることから、「大阪で慶讃法要つとまります」をメインコピーにいたしました。また2025年は「慶讃year」として、さまざまな行事が行われる予定です。また銀杏通信でも、近々「慶讃法要特設サイト」が公開される予定です。さまざまな情報をこちらから発信していく予定ですので、ぜひご覧ください。

なおこのポスターですが、残部がございます。欲しいかたは大阪教務所までご連絡ください(要送料)。配布は残部がなくなり次第終了とさせていただきます。

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慶讃お待ち受け大会講演録(一楽真先生講述)を発刊 https://test.icho.gr.jp/346/ https://test.icho.gr.jp/346/#respond Thu, 02 Mar 2023 03:41:41 +0000 http://www.icho.gr.jp/?p=26868

→こちらから全文をお読みいただけます

このたび大阪教区では、2022年10月29日に開催した宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要お待ち受け大会の記念講演録『よろこびて ほめたてまつる―慶讃法要をお迎えするにあたって』(一楽真先生・講述)を発刊いたしました。この冊子は教区慶讃法要準備委員会が編集し、教化委員会広報・出版部が発行するものです。

慶讃法要に向けて、私たちはいったいなにを「よろこびて ほめたてまつる」のか。宗祖の御誕生と立教開宗を慶讃する意義と意味を、わかりやすくお話いただきました。とくにご本山の慶讃法要の団体参拝にご参加のみなさまや、これからの教区などの慶讃法要に向けての事前学習や法要を振り返っての学びに最適な冊子です。ぜひご一読ください。

●頒布価格 一冊100円(大阪教区内の寺院には50冊まで無料配布)
※恐れ入りますが送料は別途ご負担ください

●ご注文は大阪教務所まで
TEL 06-6251-4720
FAX 06-6251-4796
Email osaka-shuppan@higashihonganji.or.jp

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慶讃法要に向けたリーフレットを作成 https://test.icho.gr.jp/324/ https://test.icho.gr.jp/324/#respond Thu, 03 Nov 2022 07:32:47 +0000 http://www.icho.gr.jp/?p=26468 広報・出版部では「宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要」に向けた周知広報活動の一環として、また今年度制作した教区ポスターとあわせた展開として、リーフレットを作成、教区内各寺院に配布しました。

御誕生と立教開宗を中心として、宗祖のご生涯を簡単に紹介し、各寺院の教化の一助となるよう制作いたしました。教区内関係寺院には無償で配布いたしております。(教区外寺院は有償頒布。一部10円)

どうぞご活用ください。

→2022年度教区ポスターはこちら

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2022年度教区ポスター https://test.icho.gr.jp/548/ Wed, 03 Aug 2022 14:49:34 +0000 https://test.icho.gr.jp/?p=548 広報・出版部では慶讃法要準備委員会と連携して、慶讃法要&教化ポスターを制作いたしました。今年度は二種類のポスターを作っております。

ひとつめはこちらです。慶讃法要と教区の教化テーマであります「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう・みんなに願いがかけられている」を広報・周知すべく作りました。慶讃法要策定委員会・テーマ部会で作った詩を大きく取り上げて、「願い」ということをともに考えていく一助となるようなものといたしました。

そしてふたつめは、宗祖の御誕生・立教開宗そのものを広報する目的で制作いたしました。宗祖が現代社会に向かっていく姿をコラージュすることで、「慶讃」というものが私たち現代人の抱える様々な不安や問題と無関係ではないことを示しております。なお「その人を憶いてわれは生き、その人を忘れてわれは迷う」の文は金子大榮先生の「宗祖を憶ふ」から引用しております。

教区内のご寺院には順次、所長巡回の際にお配りいたします。お楽しみに!

また残部が少しあります。ご希望のかたは大阪教務所(tel06-6251-4720)までお知らせくだされば無料で配布させていただきます。なお、送料につきましては、勝手を申しますがご負担いただきますようお願いいたします。送料着払にて発送いたしますのでご了承ください。無償配布は残部がなくなりしだい終了とさせていただきます。

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しゃらりん37/教区テーマに感じたこと https://test.icho.gr.jp/300/ https://test.icho.gr.jp/300/#respond Sun, 03 Jul 2022 15:00:22 +0000 http://www.icho.gr.jp/?p=26118

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藤園 惠(72)

ある日の仏教テレホン相談でのことです。「恥ずかしいですが」と弱々しい声で話し始められました。四十代の男の方で、子どもの頃に受けた嫌がらせ、中学校での仲間はずれ、友人が出来ないこと、体調が悪く今は無職であることなど、四十分近く「そうですか」と聞くばかりでした。

終わってもらおうかと思ったとき、「何宗の方ですか」と聞かれました。「真宗大谷派ですよ」と答えると「僕は子どもの頃にお婆さんに連れられて、よくお寺へ行きました。今でも少し覚えています」と言って「きみょーむりょー」と始められました。私も暫く声を合わせました。続いて『恩徳讃』も歌われました。

「有り難うございました。また、電話していいですか」という声は少し弾んでいたように聞こえました。

桝谷胡太(8)

おばあちゃんの家にはミシンがたくさんあって、いつもミシンのカタカタという音が聞こえます。おばあちゃんは着なくなったふくをカバンにしたり、きものをスカートにしたりと、ちがうものにリメイクをするしごとをしています。古いものをあたらしいものにへんしんさせるおばあちゃんはすごいし、かっこいいです。

ぼくのお気に入りのズボンがやぶれた時もすぐになおしてくれました。大切にしていたふくが、またきれるようになってぼくはとてもうれしかったです。大むかしの人がまいにち大切につかっていた、青やこん色のふとんのぬのがおばあちゃんはとくにすきです。むかしのぬのはじょうぶだし、やわらかくなっていてよいそうです。今度はようふくにして、まただれかに大切に使ってほしいとおばあちゃんは思っています。

小松美月(15)

いま私は音楽高校に通っています。音高受験が具体的になってからは、毎日毎日「練習しなさい」と親に言われました。私には「練習してほしい」という願いがかけられています。

この願いはとてもしんどいです。演奏が評価の対象なので練習が必要な事はわかっています。けど練習は嫌いです。練習しても良い結果が出るわけでもありません。辛くて泣くこともあります。こんな時に思い出すのは中学生の時まで師事していた先生の言葉です。「人と比べるのではなく、自分が本当に満足できる音を奏でてほしい」。

周りの評価や、上手な子たちと比べて練習が嫌になっても、「自分が本当に満足できる音を奏でてほしい」という先生からの願いがあります。この言葉があるから音楽に向き合っていけるのだと思います。

安間朋子(40)

我が子へ。

一昨年の秋、長男が産まれてもうすぐ2才になります。多少の怪我はありますが、すくすくと成長している姿をみて、よくここまで無事に成長してくれたと安堵しつつ、この先も健やかに成長してくれますようにと願います。

もちろん、この子の母親として願望もたくさんありますが、この先、親の思い通りにならないことの方が多いだろうと想像します。

本人にとっても、どうしてもうまくいかないときがくるはずです。

そういった時には、誰もみんなそれぞれに、誰かから願いがかけられているのだと想像できるようなひとになって欲しいと思います。

もし、それを忘れてしまうようなときがあっても、誰もがみんなそれぞれに、誰かから願われて生きているということを思い出して生きていって欲しいと願います。

稲垣皓大(21)

みんなに願いがかけられている。私はこの言葉を聞いてみんなが私に願いをかけているという解釈とともに、いくつか疑問に感じたことがある。

まず一つ目は、みんなと言うのは誰のことなのか、知り合いみんななのかそれとも全世界の人々も含めてのみんななのか、みんなの定義が人それぞれ違うと思う。私にとってのみんなは、友達、家族、恋人など私の人生に関わってくる人のことを指しているが、その私に関わっているみんなに関わっている人達も「みんな」のうちに入ると思うので「みんな」というのはこの地球の人間たちのことを言うと思う。

そして願いがかけられているその「願い」とはなんなのか、私たち人間は、生きることに必死で、生きるためにご飯も食べるし、休息もする。生きることが願いだとすれば、私が、みんなにとっての生きるために必要な存在ということになる。

私がこの「みんなに願いがかけられている」という言葉を見て感じたことは、人間一人では生きていけないということである。今私が生きていけているのは、みんなのおかげであり、私のおかげでもある。もしこの惑星に私一人だけしか存在しないとするなら、一週間も耐えられずに死ぬことであろう、つまり人は支え支えられ成り立つ生命体なのだと思う。

藤林容子(63)

孫の誕生には、自分から娘を経て命のバトンが確かに繋がった、という感慨深いものがあった。本能のままに泣くばかりの赤ん坊だったのが、そのうち自我が芽生え、人間らしさをどんどん膨らませて成長し、社 会を歩き始めている。四歳になった彼が、ビデオ通話の画面の向こうで、幼稚園で覚えたばかりの歌を歌う。

いろんなぐうぜんがかさなって
ここにこうしてあなたと
いっしょにいられることが
ただとてもうれしい

そりゃいろんなヤツがいるけど
なんだかんだ言っても
気にいってる

ラララ
ね おじいちゃんになっても
ね おばあちゃんになっても
ずっと ずっと
いっしょにあったかく
つきあっていたいね ね ね
( 『ね』 高橋はゆみ)

そう、これからさまざまな人との縁を生きていく中で、自分の存在の奇跡と尊さとともに、そのままで共に歩んでくれる人と世界があることを確かめ続けてほしい、また共に歩もうとする人であってほしいと願いながら、無邪気に歌う笑顔を見つめる。

花田光莉(8)

わたしにかけられているねがいは、びょうきや、けががなく、元気でしあわせに生活することだと思います。わたしは、ともだちといもうとみんながしあわせにくらせたらうれしいです。それと、おとうさんとおかあさん、ばあばとおそらのじいじもけんこうでいてくれたらとてもうれしいです。せんそうがなくて、せかいのひとがみんななかよくくらしていたらとてもうれしいです。わたしは、人にやさしくすることで、おもいやりのあるみんながすごしやすいまちをつくりたいです。

山雄竜麿(57)

「願い」と聞くと、やはり「本願」という言葉を思います。それは、阿弥陀如来がまだ法蔵菩薩であられた時、全ての人々を救うために五劫という想像を超えた時間を費やし誓われた四十八の願いです。端的には「誰をも救う、我が名を呼べ」すなわち「ただ念仏」という言葉に集約されるのでしょう。まさしくテーマ冒頭の南無阿弥陀仏と呼応します。

そして、この「願い」は「みんな」にかけられています、そう、私にも。

でも念仏してもお腹はすくし、私の思いが特別に叶うこともなさそうです。しかし、だからこそ、私の前を人として生まれ、人生をかけて念仏に生きられた宗祖親鸞聖人を訪ねずにはいられないのでしょう。なるほど私の大切なテーマです。

『しゃらりん』37号(2022/6/30発行)より

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しゃらりん37/テーマ決定の経緯と願い https://test.icho.gr.jp/294/ https://test.icho.gr.jp/294/#respond Sat, 02 Jul 2022 01:12:36 +0000 http://www.icho.gr.jp/?p=26106

インタビュー・テーマ決定の経緯と願い

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このたびの『しゃらりん』は、テーマについて、いろいろな人のさまざまな意見を聞き、このテーマが私たちに何を語りかけているのかを主題に構成しました。

私たちが、これからこのテーマを通して、どんな教化活動ができるのか、そんなことを考える第一歩になればと思います。

「慶讃法要テーマについての小委員会」では多くの委員の方によって協議されましたが、その中から代表して、澤田見主査、そして坊守さんから寺本智子委員、また門徒さんから谷殿茂明委員をお招きして、それぞれテーマの決まった経緯や、このテーマに対する思いや意見をインタビューさせていただきました。

(聞き手・廣瀬 俊)

澤田 見 (第12組・清澤寺住職)

しゃらりん● 今回決まりました慶讃法要テーマが、同時に教区基本テーマになるということですが、このメインテーマ「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう」サブテーマ「みんなに願いがかけられている」が決まった経緯を教えて下さい。

澤田主査● まずはこのご本山のテーマ「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう」についてある程度ディスカッションしたり、ご本山から出たパンフレットや本なんかを読みあわせながら勉強しました。そのご本山のテーマをメインにして、サブに大阪独自なものを付けるのか、あるいは本山のテーマをなしにして、大阪独自のものだけにするかと、まあいろいろ考えたんですけど、委員みんなで、自由に持ち寄って投票で決めようということになりました。それで何度か投票を繰り返して、一番票を集めたこのテーマになったわけです。
その原型は、みんなでテーマを持ち寄った時より前に、寺本さんが出された案なんです。その案の時は、「誕生、みんなに願いがかけられている」だったんですよ。

しゃらりん● メインテーマが「南無阿弥陀仏 人とうまれた意味をたずねていこう」ですが、このご本山のテーマをメインにするということについてはどうでしたか。

澤田主査● まあ提案のところで本山のテーマがメインだったので、委員全体としては自然とそのサブを決めるという風になりました。けど、提案されたテーマには本山テーマなしのものもあったし、大阪独自のテーマはやめて本山のテーマだけで行こうという意見もあったんです。一方で、本山のテーマはちょっと難しいのではないかという意見もあり、そういう意味で、前々回の「バラバラでいっしょ」はわかりやすくて、よかったね、という話にもなりました。そこでインパクトのある言葉で、しかも子どもでもわかるようなテーマがよいのではないかという話になり、「みんなに願いがかけられている」というわかりやすい言葉が選ばれたと思います。
本山のテーマは「人と生まれたことの意味をたずねていこう」ってこちら側が探さなくてはならないようだけど、そのことに応えるように、「みんなに願いがかけられている」ことに気づきなさいって言っているようで、何か自然と呼応するメインとサブになったようです。

しゃらりん● これからの広報活動はどんなふうに考えておられますか。

澤田主査● ポスターやリーフレットはもちろんですが、絵本を作ってはどうかというような意見もありました。具体的なことは話しあっていませんが、テーマを主題にした絵本です。また、ショートムービーを作成したらどうかという意見もありました。

寺本智子 (第25組・願正寺坊守)

しゃらりん● 最初に出されたテーマ案「誕生、みんなに願いがかけられている」は、どういう思いがあって出されたのでしょうか。

寺本委員● これはほんとにね、言うと申し訳ないんですけど、先に資料を沢山いただいたんですよ。ほんとに難しかったんです。読んだんですけど入ってこなくて、頭痛がしだして、これはアカンと思って住職に助けを求めたんです。そしたらいくつか出してきてくれたんです。けど沢山あったんで、家の子供たちに聞いたら「誕生、みんなに願いがかけられている」がいいっていうことで。で、「なんでこれがよいと思う」って聞くと「願いっていうとどうしても仏さまを思うけど、このテーマは仏さまのことはちょっと置いといたとしても、とてもわかりやすいんじゃないかなと思った。それと、みんなっていうところもいいんじゃないか」という答えが返ってきたので、出さしていただいたんです。
最初の「誕生」については、住職は前の親鸞さんの誕生800年のテーマ「生まれた意義と生きる喜びを見つけよう」を引き継いで、それをもっとわかりやすく表現したって言ってました。昨年テーマについて考えていた頃、ちょうど虐待の事件とかのニュースが結構あったんです。だから大切な「いのち」っていうか、親も子供が生まれた時に持っていたものが、どんどん大変な生活の中で見失ってゆくということもあったんだろうなって。もっと最初の感動とかに立ち返ってとかいうこともあった。誕生した意味っていうか、それと親鸞さんの誕生と掛けたんだと思います。

しゃらりん● この「みんなに願いがかけられている」が、これから慶讃法要や教区の活動を通してどんなふうに広がって行くかが楽しみですね。

寺本委員● 実は今日ね、門徒さんがお墓参りに来られて、このテーマを見せて聞いてみたんです。そうしたら、「願いをかけられている」は、そうじゃなくて「願いをかけている」だと思ってました」って言われました。私たちがお寺にお参りしたりするのは、お寺さんを通じて、またご先祖を通じて、自分の願いを叶えてもらうためにしているって思われてたみたいです。ああ反対だって思って、ですけど、このテーマがとても優しいので、門徒さんに話す時、話しやすいです。だから、このテーマのことを、いろんな人の感覚でもっと聞いてみたいと思いました。

谷殿茂明 (第17組・念通寺門徒)

しゃらりん● 「みんなに願いがかけられている」という寺本さんの案に、谷殿さんが複数の案として提案されたそうですね。

谷殿委員● みなさんもいろいろな案を出されて、サブテーマはないにしようという意見も確かにありました。そんな中でも「みんなに願いがかけられている」って言うのは、はじめに聞いた時からいいなあって思っていました。
それで「みんなに願いがかけられている」の「みんなに」を、「わたしに」「あなたに」「だれにもが」そして、語尾を変えて、「かけられています」と5種類を考えました。「わたし」「あなた」「みんな」はそれぞれに向きや広さが異なります。「みんなに」と「だれもが」も似ているがインパクトが違う。どの方向の、どの広さの、どの強さの言葉が現代の人には響くのかを私からの提案としたんです。

しゃらりん● 「みんなに」も「願いがかけられている」もとてもわかりやすい言葉ですが、やっぱり若い人へのアプローチもあるのでしょうか。

谷殿委員● 委員会に資料として出したんですが、「みんなに願いがかけられている」をよいと思ったのは、「願いがかけられている」という言葉は、生きていることに意味を見出せない人に、新しい視点・新しい希望を与えるのではないかと思ったからなんです。「生きることの意味」をいつも自分の周辺、自分の内側に探し続けていて、それが見つけられない人に、「自分に願いをかけている自分以外のもの」がいるんだという、まったく逆方向の視点をもってほしいと思ったからなんです。
自分に願いをかけるもの、それがもう亡くなった人であろうと、まだ出会わぬ誰か何かであろうと、隠れた自分自身であろうと、また阿弥陀仏であろうと……。
ただし、かける側の都合でかける「願いや期待」には拒否感があります。「かけられた願い」と言った時にそれを連想する人もいるでしょう。そうではなく、自分の生命が本当に息づき輝くことを願ってくれる誰かがいるということ、そういう願いがかけられてあることは、我々が生きることを支え、励まし、勇気づけると思ったんです。

しゃらりん● 今日はみなさまありがとうございました。

『しゃらりん』37号(2022/6/30発行)より

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教区基本テーマ&慶讃法要テーマが決定! https://test.icho.gr.jp/250/ https://test.icho.gr.jp/250/#respond Thu, 30 Jun 2022 01:06:41 +0000 https://test.icho.gr.jp/?p=250

宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃法要基本計画策定委員会において、教区の慶讃法要をお勤めするにあたっての基本方針を策定する中、「慶讃法要テーマについての小委員会」が設置され、教区慶讃テーマが「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう みんなに願いがかけられている」に決定されました。このテーマは同時に教区基本テーマでもあります。

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テーマ決定の経緯と願い(しゃらりん37)
教区テーマに感じたこと(しゃらりん37)
2022年度教化ポスター
2022年度教化リーフレット

テーマ趣旨文

大阪教区慶讃テーマについて、真宗門徒であるかどうかに関わらず、また世代を問わず、誰もがわかる言葉であらわしたいという思いのもと話しあいました。その結果、本山の慶讃テーマに、大阪教区独自の「みんなに願いがかけられている」という言葉を加えて、テーマといたしました。

願い

テーマを読んだ人にとってこの「願い」という言葉は、例えば親が子にかける「願い」であるとか、世間がわたしに強いる「願い」など、一般的な解釈をされる場合も多いと思われます。そういう「願い」が重荷になったり、抑圧を生むものとして否定的に働くということも考えられます。しかし、あえてそのように広く理解されることを受け入れたいのです。そしてそれでも、「願い」という誰もが使う言葉を深め、いのちの根底で響きあう、すべての人に通じる「願い」を感じとってもらいたいと思います。テーマを読んだ人が思うさまざまな「願い」が、如来の本願に繋がっていることを表現していくことが、大切な課題となるのではないでしょうか。

すべての人と共に

また最初の呼びかけの言葉を「みんな」といたしました。この言葉を選んだのは、「すべての人と共に」ということを強調したいがためです。情報が洪水のように溢れかえる中、逆に個人が孤独・孤立をますます深めているのが現代社会です。しかしその中で苦悩するすべての人々に、等しくはたらいてくださるものが確かにある。個々の違いをそのまま認めあいながら、それでも共に輝いていけるのだという希望を、「みんな」という言葉に託しました。

 

わたしの願いって なんだろう?
あの人の願いって なんだろう?
わたしはどんな願いを かけられているのだろう?

願いに気づけて こころふるえる時も
かけられた願いの重さに 悩む日も

わたしが生まれてきたこと
それだけは ほんとうだ
そう わたしは願われて生きている

わたしも あなたも
たいせつなともだちも 見知らぬあの人も

みんなに 願いが かけられている

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